こんばんは、羽鳥です。
Sound Horizonの新マキシシングル、「聖戦のイベリア」が発売されましたー!!
限定版と通常版があり、限定版はジャケットが異なるほか、PVがついています。ジャケットだけ両方ほしいといってはダメですか。
同時に、JOYSOUNDで新曲が出ています。私も行きたくてうずうずしています。かなり難しそうですが!
そして、単語をせかせか調べる私。以下追記に、どわぁーっと自己満足の塊が‥‥。だって世界史大好きなんだもの!特にこのあたりはっ!!
お世話になったのは、ウィキペディアやインフォシークのスペイン語辞書。こちらも合わせて見てみるといいかもです。歌詞はこちら。後々、自己満足の塊を補完するかもです。
・Celt Iberos
イベリアのケルト族。
しかしケルト族というよりは、インド‐ヨーロッパ語族、と言ったほうがよさそう。紀元前のヨーロッパの大半がこの語族であり、A.D.5C〜B.C.1Cに大活躍。つまりは、大昔(おそらく最初にイベリア半島へクニをつくった)のインド‐ヨーロッパ語族の意。
celt‥‥ケルト族
iberos‥‥イベリアの
・Carthage
カルタゴ。東地中海で交易をしていたフェニキア人による植民都市。イベリア半島にあるわけではない。地中海南岸、現代のチュニジアにある。
ではどこでイベリアと関わってくるのかというと、交易によって強力な力を手に入れていたフェニキア人によるカルタゴは、周囲の地域へさらに手を伸ばすことにより、イベリア半島の南から南東のあたりを領土としていた。これにより、イベリアにはカルタゴ=ノヴァという都市が築かれている。
ハンニバル将軍の名が有名。
・Hispānia Rōma
イスパニア・ローマ。もしくはヒスパニア・ローマ。
イスパニアとはスペインのことであり、つまりここではイベリア半島とほぼイコールであっても差し支えないだろう。
イタリア半島のほぼ中央にあるローマは元々都市国家であり、その後王制が敷かれていたが、エトルリアと同盟を結んだことから崩壊が始まる。エトルリア人が大きな顔をするようになり、黙っていられなくなったローマ人は王族の失態を機に、共和制へと移行する。
慣習法の成文化をはじめとする様々な法の制定などで内部を固めながら、ローマは周辺の都市国家を制圧していく。制圧した都市を3種に分割することで被制圧都市が一丸となって氾濫を起こすことを回避。さらに力をつける。
イタリア半島だけでは物足りなくなったローマは地中海へ繰り出そうとするが、そこで地中海の派遣を握るフェニキア人率いるカルタゴとぶつかることになる。二度にわたる大きな戦い(ポエニ戦争)を繰り広げた結果、ローマが勝者となり、敗れたカルタゴは廃墟となったのち、ローマによって新たな町並みが建設される。
ポエニ戦争の折に戦場となったのは、イタリア半島やカルタゴ周辺だけではない。カルタゴが領地としていたイベリア半島の南から南東にかけての地域もまた戦場となり、戦争終結後にはローマ領となった。
その後、ローマは共和制を経てさらに帝政へと移行した。前半の元首制の頃には主に迫害されていたキリスト教だったが、後半の専制君主制も終盤に差し掛かる頃には国教となっていた。
栄えたローマもササン朝ペルシャやゲルマン人に押されては動揺を隠せなかった。正帝2人+副帝2人を定めて対処しようとし、コンスタンティヌス帝によって東方のビザンティウムへと遷都、コンスタンティノープルと解消されたもののもちこたえることができず、テオドシウス帝の死後、東西に分裂した。
・Vandals
「心ない破壊者」の意であるが、ここではヴァンダル族のことを言う。
帝政ローマの末期にヨーロッパへと侵入してきたゲルマン民族(インド-ヨーロッパ語族)の一部族。東方から現れたフン族に押し出されるような形でやってきた(いわゆるゲルマン民族大移動
B.C.5C、王ガイセリックに率いられたヴァンダル族は東ローマ帝国の海軍を破り、カルタゴを占領した上、そのカルタゴを首都とする国家を建設した。
・Visigoths
西ゴート人。ゲルマン民族の一部族。民族大移動によりやってきて、コンスタンティノープルへ遷都後のローマ市を包囲する。しかし西ローマ皇帝の説得に応じてガリアに引き下がると、そのガリアの南を首都として西ゴート王国を建設。イベリア半島を占領していたヴァンダル族やその他の部族を討つ。
西ゴート王国がイベリアの南まで領土を伸ばしたのは西ローマ帝国が滅びた後、その混乱に乗じてである。この頃になるとヴァンダル族はアフリカまで退去しており、西ゴート王国によるイベリア半島への入植が進んだ。
・Umayyad
ウマイヤ朝。地中海東岸のダマスカスを首都とする、イスラム王朝。
イスラムの創始者であるムハンマドの後継者がカリフと呼ばれ、その最初の4代の頃を正統カリフ時代と呼ぶ。この時代、イスラムの民となったアラブ人はローマとの戦いで疲弊していたササン朝ペルシャ攻撃、勝利をおさめ、ササン朝を滅亡させるとその領土を併合。東ローマ帝国の領土の半分も手に入れてアラブ帝国が築かれたものの、第4代カリフがムアーウィヤによって暗殺される。このムアーウィヤがカリフを自称したことにより、ウマイヤ朝が始まる。
さらに勢いを増した征服活動は北アフリカを通り越し、イベリア半島のほぼ全域にまで及んだ。
・Aragon=Cataluña
カタルーニャ=アラゴン連合王国。アラゴン王国とも。またカタルーニャはカタロニアとも。
イスラムの侵入から逃れた西ゴート王国のキリスト教徒に起源のあるアラゴン王国と、フランク王国のスペイン辺境伯領だったがフランク王国の解体によって自立してバルセロナ伯領となったカスティーリャによる、度重なる通婚の結果の連合王家。
勢いに乗ってレコンキスタ(再征服運動。かつては国土回復運動と呼ばれた)を開始したカタルーニャ=アラゴン連合王国は順調に歩を進める。
・Castilla=León
カスティーリャ=レオン王国。
アラゴン王国と同じくイスラムの侵入によって北へ追われたキリスト教勢力がそれでも建国し、イスラム勢力と衝突しながら南方へ移動してレオンへと遷都したのち、レオン王国と呼ばれるようになる。
一方カスティーリャはレオン王国の東部地域のことであったが、軍事的に重要であったためカスティーリャ伯の発言力は次第に増し、レオン王国からの独立を果たす。だが100年と経たないうちに当時の伯暗殺によって伯の妹を娶っていたナバラ王国(イベリア半島北東部)の王が伯領を継承することになり、併合される。しかしそのナバラ王の死亡と共に領土は4人の息子に分割され、カスティーリャを受け継いだ息子は、カスティーリャ王を名乗るようになり、後にレオン王を倒してレオン王位も獲得し、カスティーリャ=レオン王国の誕生となる。
カスティーリャ=レオン王国は分割と連合を繰り返し、ポルトガル王国が独立。カスティーリャ、レオン、ポルトガルは国境線をめぐって争っていたものの、時の教皇によってキリスト教徒同士の争いをやめて対イスラムに全力を注ぐことを命じられる。テンプル騎士団なども集まり、当時のイスラム王朝であったムワッヒド朝が力を失って、イベリアのイスラム勢力圏は小国分立状態となる。
フェルナンド2世によって完全に統一されてカスティーリャ王国となり、後ウマイヤ朝の首都であったコルドバが陥落。この時点でイベリア半島に残るイスラム国家は、後述のグラナダ王国のみとなる。
女王イサベル1世は即位後に夫であるアラゴン王太子フェルナンド5世を共同統治者とする。フェルナンド5世がアラゴン王フェルナンド2世として即位することでカスティーリャ王国とアラゴン王国が同君連合となる。
・Granada
スペイン南部の都市、グラナダ。ウマイヤ朝によって征服されたが、その滅亡後、いくつものイスラム王朝に征服されながらも繁栄し、周囲が小国分立状態になるなかでナスル朝グラナダ王国が建国される。この王朝も繁栄したが、アラゴン王国とカスティーリャ王国の連合によるレコンキスタで追い詰められついに降伏、王朝は滅びる。
しかし宗教に寛大だったグラナダには当時キリスト教に迫害されていたユダヤ人も多く、レコンキスタ完了後は虐殺が行われる。イベリア半島を逃げ出してトルコのオスマン帝国に保護された者も数多い。






